「生きがい」 世界が驚く日本人の幸せの秘訣  茂木 健一郎著  恩蔵絢子訳  新潮文庫

著者はよく知られた脳科学者である。英語で本を書くのはかねての課題であったという。それは「文化を輸出しない日本」と欧米から云われることに対する著者なりの答えのようだ。
 西欧では<IKIGAI>がブームであるらしい。英国の出版社から日本人の言葉でこれを説明して欲しいという要請であった。
 なぜ、いま日本の文化が欧米で話題なのだろうか。これまで世界をリードしてきた自分たちの文化への懐疑とか限界を感じ始めているか、あるいは自分たちにはないものを日本人の精神生活に見出したのかもしれない。
 茂木は「生きがい」を持つには大事な5本の柱があるという。これを元に日本人はどのように「生きがい」をもつのかを説き起こす。欧米人だけでなく日本人にも、改めて自分の「生きがい」を再認識したり、「生きがい」をもちたいと思う人にはよい指針を与えてくれるだろう。
 「生きがい」は日々の生活の中に見出される小さな喜びであり、その生活の中の人や自然とのつながりの中で生まれる。そのためには周囲と自分とを調和させることが必要であり、そのためには我をすて自分を解放することではじめて得られるのだという。だから「生きがい」は貧富、社会的地位、能力などには関係なくだれでも持つことが可能なのだと説く。

欧米でも<IKIGAI>と表現されているように「生きがい」に相当する言葉はないらしい。

 「文化の持つ特性として、重要なものはそれ一語で表されるようになる」という学説があるという。ということは日本人にとって「生きがい」ということはとても重要な文化だということになる。なぜ欧米に「生きがい」という意味の言葉が出来なかったのか、逆説的に考えてみたい。

 この本でもふれているように欧米文化の基本は一神教による文明であり、YesNoかの択一。唯一の神が示す唯一の価値を重んずるものだ。一方日本は八百万(やおよろず)の神、あらゆるものに神が宿り、宗教的な教義のような制約はほとんどない。人は宇宙のすべてのものと係り、皆平等であるとする文化とは天と地ほどの違いがある。
 対立の文化ではなく融和の文化であり、その中から調和のある控えめだが持続的な文化が生まれる。「生きがい」を持つことはこのような文化の下地から生まれたのだ。

 対立の文化は勝者と敗者を生む、一方今日の世界の繁栄をもたらしたことも確かだ。
 人間を中心に考える西欧文化は、いまや止まることを知らず、さらに加速を続けている。このまま破滅に向かうのではないかとの心配が人々を脅かし始めている。

  「<生きがい>は唯一の価値体系からは出てこない。それはさまざまな小さなものたちとの豊かな共鳴の中から出てくる。」と著者は結んでいる。