「大衆の反逆」 オルテガ・イ・ガゼット著 神吉敬三訳 ちくま学芸文庫
いまから90年前に書かれた本である。20世紀も終わろうとする頃の新聞でこの本を引用した記事を読んで以来「大衆の反逆」 という書物が気になるようになった。
大衆の反逆とはいったい何か、何が言いたいのか。今の社会と、オルテガの時代の『大衆』の中身は大いに異なっているとおもう。でも、ごく大雑把にとらえれば次のようなことではないかと思う。
特別の資質を備えた人たちが社会をリードしていた時代が終わり、特別の資質を持たず、いわば平均な人たちで、他の人と同じであるとことに喜びを見出すような人たちが、より優れたものの示唆によって暴力的な行動に出、これまでの特殊な才能を持った選ばれたものたちが作り出した秩序を席巻しつつあることを『大衆の反逆』といっているのであろう。
こんなことを書いていると最近の出来事でトランプ前大統領が連邦議会へ行こうとの言葉で多くの大衆が議会建物に乱入し破壊行為をした映像が思い浮かぶ。
ヨーロッパではネオナチなど極右政党の台頭や、中東からの移民拒否が報じられる。
人類は文明の進化とともにいろいろなものを手に入れてきた。しかし、進化とおもっていたことが実は住みにくい社会、生きにくい社会に突き進んでいるのではないか。しかし、後戻りはできない。そこに大衆の反逆となったのだろうか。
グローバル化がもたらした弊害と見ることもできる。社会のシステムはより複雑になる方向にしか進まない。人類が生み出した文明は、人類がコントロールできない領域に入ったのだろうか。
社会が秩序づけられているとき、大衆は行動に出ることをしない。行動するときはよりすぐれたものの示唆による暴力的な手段をとるらしい。
このような動きを見るとどれも自分たちの利益優先、余裕のなくなった社会の行く方向を示しているようだ。これが一部の社会での出来事で終わればよいが、食糧危機が目前だといわれるなかで豊かな者や国が独占してしまうことにでもなれば大きな問題だ。食糧だけの問題ではない。資源、エネルギー、人口爆発、自然破壊etc. あらゆる問題が崖っぷちに迫っている。世界の英知を結集するときだろう。