「極北の動物誌」 ウィリアム・プルーイット著 新潮社
カナダ、アラスカの極寒の地に生きる小動物から大型動物まで動物学者が愛情こめて語る動物誌です。
実は、この書物は、私が何度も読もうと書棚から取り上げては、ちょっとだけ読んで元に戻すことを何度も繰り返した本なのです。今読んでみると、なぜ読み通せなかったのか不思議な気がします。あまりにも細かい描写が抵抗として作用したのでしょうか。しかし、今回はそのことさえこの本の一番優れたところではないかと素直に受け入れられ、感動を味わうところでもあったのです。
このことを思うと本を読むということは、そのときの精神状態や、その本に向かう姿勢に強く影響されるものだということを、いまさらながら感じないではいられません。
この本のどの章を読んでみても、その動物の皮相的な観察であったり、文献から得た知識でなく、その生物の一年を通した生態を知りつくした文章だ。ときには解剖したり、食物連鎖の上位者との関係や、四季を通しての地上、樹上、地中での生活のすべてを観察しつくした者だけが書ける動物の物語であることがわかる。一句一句がその生物を生き生きと表現した珠玉の動物誌だ。私はそれを十数年かけてようやく私の中に受け入れることができた。
この本ではアラスカだけでなく、カナダの自然も書かれている。それは、著者がアラスカからカナダに研究拠点を移さなければならない事情があった。
著者はこの本の中ではまったく触れていなが、星野道夫の「ノーザン・ライツ」によると、アラスカに核実験場を作る計画が持ち上がり、プルーイットはその環境調査に任命された。しかし、彼らの調査報告書の都合の悪いところは皆削除されてしまった。調査仲間のアラスカ大学の研究者やアラスカの自然を守ろうとする仲間と反対運動をはじめた。彼はアラスカ大学を追われ、カナダに研究の拠点を移したのだ。その後反対運動が功を奏し計画は撤回され、彼の名誉回復もはかられた。
この本を語る上で付け加えなければならないのは、イラストが素晴しいことだ。ウイリアム・ベリイその人のこともまた星野道夫の本に詳しいのだが、彼は子供の頃から動物の絵を書き、子供心に持った絵本の中の動物と、現実の野生動物世界とのギャップを自分が描く絵ではなくそうと勤めた。
そのために彼は膨大な時間を野生動物の観察に費やした。絵を学ぶことより野生動物を学ぶことを優先させた。
極北の動物を愛するこの二人の、情熱的な仕事があってこの本が今ここにあるのだという感動を憶えるのです。